絵本『こいぬのうんち』について

実家を出てから、今ではほとんど開くこともなくなってしまったけれど、時々ふとした瞬間に─眠る前に母が読み聞かせをしてくれたこととともに─絵本のなかの物語について思い出すことがある。そんなとき、私は物語の世界に呼ばれたのだと感じて嬉しくなる。すべてがたっぷりと甘く満ち足りていた黄金時代。物語が、私に再びおいでと言ってくれている。

 

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引用元:https://www.heibonsha.co.jp/book/b162230.html

今日私を呼び戻した本は、通っていたキリスト教系の幼稚園でもらった『こいぬのうんち』(クォン・ジョンセン著、ピョン・スギャ訳、チョン・スンガク絵、平凡社)。

口唇期的な欲動と同じくらいの頻度で子供向けの絵本に登場するのは、肛門的な欲動の描写。ところでこの物語で子供が同一化する対象は「うんち」をする登場人物の方ではなく、「うんち」そのものである。

「こいぬ」によって道端に生み落とされた「うんち」は、その「生誕」直後から土くれや鳥たちによって汚く役に立たない存在として蔑まれ、己の存在価値を見出すことができずに悲しみに暮れる。けれどたんぽぽだけは、自身がやがては花を咲かせることを話し、そのために「うんち」の存在が必要であることを説く。その話を聞いた「うんち」は、何かの役に立てることに無上の喜びを感じるのだった。あるとき雨が降り、「うんち」は雨水によってその身を激しく打たれ、細かな粒子のようになって溶けてゆく。たんぽぽの花の栄養としてその身を捧げ、花が咲くのを夢見ながら、「うんち」はその姿を消す。その後、春が訪れてたんぽぽぽの花は咲く。

通常の読み方であれば、文字通り「役に立たないと思われているものも何かの役に立つのだ」と言う道徳的(かつ進化生物学的?)な教訓になるのかもしれない。

幼い頃にこの物語を読んだ私は、しかし「うんち」が雨水に溶けて自身を消失させてゆく瞬間の描写に、ある種のカタルシスーこれは『よだかの星』を読むときにも感じるーと同時に「変身」のエロティシズムを感じずにはいられなかった。

生命の循環のためには生と死の両輪が必要で、その一瞬ごとの回転のたびに生き物は姿形を変えてゆく。変身のためには自己の解体が必要だ。その解体に際しては、しばしば痛みが伴うだろう。その痛みを喜びとして享受すること。

ままならないこの身の輪郭を解いて、別の仕方で再び生き直すことに全身で懸けること。「私」という輪郭を解いて、隣にいる「あなた」に分身すること。自己を失いながら、別の何かに新たに生成し変化すること。

自身を消失させるまでに至る過程と、そこに伴う喜びの精神への賛美。きわめて素朴な意味で「いわゆるキリスト教的なテーマ」として成立するのかもしれないが、しかしそれはもはや「自己犠牲」的な色を帯びていないと考えることもできるのかもしれない。なぜならば、その「自己」とは、現れたと思えば消える、常に移ろいゆくものだからだ。

春に咲いたたんぽぽの花は、もはやかつて自らの将来を話し「うんち」に存在の必要性を説いたたんぽぽではない。また、養分として吸収した「うんち」そのものでもない。そのどちらでもあり、どちらでもないような曖昧な状態で、花は咲き、やがて枯れて、風の流れとともにまた新たな生成変化の過程を作り出してゆくのだろう。

さらにいうと、そうなる以前の「うんち」はかつて「こいぬ」の一部でもあったのであり、その時にもまたそこに「自己」の意識はなかった。

将来必ず訪れる死の瞬間は、この物語の「うんち」のように、「自己」を意識せず穏やかで喜びに満ちた気持で消えて行けたら最も理想的だと思う。とはいえこの身が滅んでなお生成変化し続けるのもなんだかなあ、という自意識を完全には消し去れないのが人間なのかもしれない。墓石の下の土に分解されて新たな生を紡いだり、散骨先の大地や海で伸びやかに漂う勇気は、私にはまだ湧かない。

 

 

 

 

 

絵本『3びきのくま』について

実家を出てから、今ではほとんど開くこともなくなってしまったけれど、時々ふとした瞬間に─眠る前に母が読み聞かせをしてくれたこととともに─絵本のなかの物語について思い出すことがある。そんなとき、私は物語の世界に呼ばれたのだと感じて嬉しくなる。すべてがたっぷりと甘く満ち足りていた黄金時代。物語が、私に再びおいでと言ってくれている。

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引用:https://www.holp-pub.co.jp/book/b516349.html

今日の私を呼び戻した物語は、『3匹のくま』(ポール・ガルドン著・ただひろみ訳、ほるぷ出版)。数日前の晩ごはんがお粥だったことで、私はこの物語の世界へ思いを馳せたのだった。プルーストのマドレーヌではないけれど、私は食べ物がきっかけで絵本の中の世界を思い出すことが多い。食い意地が張っていると言われればそれまでかもしれないが、幼い子供の口唇的な欲動を引き出す物語ほど、記憶に残るものだろう。じっさい、子供向けの絵本にはたくさんの食べ物が登場する。

 

『3匹のくま』を初めて読んだときは、ただひたすらに「くま」達の方に感情移入するばかりで、侵入者として「くま」達の(しかも、まだ生活能力にとぼしい「こぐま」の!)お粥を奪い、椅子を壊し、聖域であるベッドをめちゃくちゃに荒らした少女=人間に憎しみの感情を抱いたものだった。挿絵に描かれた少女の表情も強かかつ無神経な感じがよく出ていて(と、当時は思った)読み返すたびに少女への憎しみが増したのを覚えている。

「くま」という、動物の側になんの疑いもなく感情移入をし、人間に対して怒りを抱くこと。それはジル・ドゥルーズ的に言えば「くま」に生成変化していることにほかならない。あるいは、レヴィ=ストロース的な問いを経るならば、「くま」という動物が私たち人間(の幼児)へ自らの身体回路を開く者であるがゆえに、私たちは動物へ愛着を持つのかもしれない。

しかし今になって思い出してみたときに、ひたすら「くま」になりきることができなくなっている自分がいることにも気づく。生成変化できる私の力は、少しだけ弱くなってしまったようだ。それは、物語の国を一度でも閉じてしまった者への罰なのかもしれない。

その代わりに、この物語の構造について私はほんの少しだけ考えられるようになった。少女の名前はたしかキャンディーだった。甘い砂糖菓子の名を持つ少女は、雑食性の大型野生動物─しかし、彼らはお粥を作ったり椅子を拵えたりするなど、かなり人間文化に植民化されているのだが─「くま」の所有物や生活のささやかな楽しみを奪いながらも、その「おかえし」にお腹から内臓を抉りとられながら食べられたりすることなく、まんまと逃げおおせる。

少女は、「くま」の所有物を一方的に盗む。それも、自分にとって最も快楽を引き出すものを貪欲に漁ることによって。物語のなかでは、それはただ道徳的価値観により平凡な形で評価されてしまう(=キャンディーが「くま」に怒られることで、人の物を取ってはならないことを教訓として示唆しつつ、結局少女はその決定的な裁きを受けずに逃走し、事なきを得る。「くま」の怒りは少女に代償を求めない。「くま」は所有物だけではなく、狩猟・捕食という「くま」の生活技能も失効させられている。)のだけれど、ここにはすでに人間と動物(あるいは自然と言い換えてもよいかもしれない)における政治の一端が窺えるかもしれない。

一方で、人間文化を植えられた「くま」は、本来の「熊」としての生活を奪われていながら、人間と熊との境界に位置するような、どちらつかずの新たな生活を営んでいる。だからこそ少女─アリスにしろ赤ずきんにしろ、少女とはまた、子供と大人、人間と非人間のあわいに位置していることで、様々な世界を旅することができるモティーフであろうと思う─は、人間文化としてのお粥の匂いのする「くま」の家に侵入した。これが「熊」の巣穴であれば、おそらく意識的には近づかなかっただろう。自然から資源を奪い取る存在としての人間である一方で、少女は、森をふらつき獣と人間のあわいを自由に彷徨う存在でもある。その彷徨は、少女の領域横断性と、「くま」というクレオールによって叶えられる。獣を畏怖と克服の対象としてのみ見做す大人の人間とは異なり、その子はまだその境目を見出していなかった。けれども、「くま」の温かなベッドでの眠りは続かない。じっと見つめられて目を覚ましてしまった少女は、ただ驚いたり罪の意識を抱いて逃げただけではないのだろうと私は思う。小さな「こぐま」用のベッドから目覚めてしまったこと。「目覚め」とは、あわいを彷徨う夢からの覚醒だったのかもしれない。

それだけに、幼い頃の私はキャンディーという少女が結局その後どうなったのかを考えなかったし、考えたくもなかった。少女は成長してしまえば女になり、たいていは人間の男や社会システムに消費され、食べられてしまう。それよりは、「くま」という人間と自然の交叉した存在の、あたたかなお腹に眠ったまま飲み込まれることで「くま」に生成変化し、いつまでも領域横断の可能性を保った自由な少女として森のなかを彷徨うほうがずっと良かったのではないか。

「くま」の家を飛び出してしまったキャンディーは、森を抜けて、きっと大人になってしまったのだろう。でも、わずかでも彼女が冴えており、子供としての才能があるならば、そのあわいをまた彷徨った日のことを夢見るはずた。

人は道徳的なお話に自らの生き方を無理矢理当てはめて大人になりたがるのかもしれない。でも、私はむしろその逆だ。いつまでも柔らかいお粥だけで生をつなぎ、小さくて可愛らしい家具に囲まれて、眠くなったらベッドで丸くなって眠りたい。

少女を、子供を、永遠に心に棲まわせること。物語は、成長や道徳心の育成に役立つのではない。いかにして子供に生成変化することができるかを示唆するのだ。

 

絵本のなかの世界

幼い頃、母は私にたくさんの物語についての絵本を贈ってくれた。その贈り物は、自身も両親から美しい本を贈られたことが嬉しかったからという母の思いからもたらされたのだった。そうしてまた、私が幼稚園に入ってからもまわりの人間には慣れ親しまずに一人空想の世界に遊ぶような子供だったことにより、物語はわが家の本棚に順調に増えていった。

地元でいちばん歴史のあるプロテスタントの幼稚園に通っていたこともあってクリスマスなどにプレゼントされた福音館書店のものをはじめ、ポプラ社にこぐま社、偕成社童心社のものなど、古今東西の物語を美しい絵と言葉に纏めた数多くの本たちは、いまでも実家の本棚に置かれている。

実家を出てから、今ではほとんど開くこともなくなってしまったけれど、時々ふとした瞬間に─眠る前に母が読み聞かせをしてくれたこととともに─絵本のなかの物語について思い出すことがある。そんなとき、私は物語の世界に呼ばれたのだと感じて嬉しくなる。すべてがたっぷりと甘く満ち足りていた黄金時代。物語が、私に再びおいでと言ってくれている。瞬間、私はそちらの世界に戻ってゆく。

地元 鹿児島にまつわる好きな食べ物について

食い意地が張っているのを人に悟られるのがいやで食べ物についてはあまり書いたり語らないようにして来たが、昨年あたりから特に地元鹿児島に関する食に本格的に目覚めてきてしまったので、地元にまつわる好きな食べ物について書きました。

 

一、さつま揚げ(つけあげ)

これが芋焼酎ととにかく合う。秋冬、早春の晩酌は絶対に芋焼酎のお湯割りとさつま揚げ。個人的に、さつま揚げは串木野の勘場さんのものが柔らかく、味つけも濃すぎずちょうどよくて好きです。上棒天と、特上つけあげと、つけあげと。いつも3つはセットで買い求めてしまう。誰かへの贈り物にするなら徳永屋さんかもですが、普段のちょっぴり贅沢な食事は、最高級のものじゃない方がけっこうよかったりします。

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昨年、京都の住まいに取り寄せたさつま揚げ。
ちなみに我が家の場合ですが、鹿児島の実家でも
「さつま揚げ」(イントネーションは鹿児島弁)と言います。

焼酎も同じ。県外の人からは魔王や村尾などが有名なのかもしれないのですが、さつま揚げと一緒にいただく普段の焼酎お湯割りは、まずはやっぱり白波。癖がないし柔らかいのでとにかく何にでも合う。誰かを芋焼酎の世界に招待するなら白波だと私は思います(ちなみに白波のおかげで、私は妹を焼酎に目覚めさせることに成功しました。これでお互い気を遣わない飲み友ができた。やったー!)。

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可愛かったので実家から京都に戻るときに買い求めた小瓶の焼酎。

つぎに伊佐美。果実感があって華やかで可愛い。お菓子にも合うので〆によし。鶴見もまろやかで芋の甘さがちゃんとあって良い。よく言われるほどクセとかはないと思う。一言でいうと「愛です」。昨年ご招待いただき伺った仙巌園の「焼酎エクスペリエンス」では、初雪がちらつく中で限定版の白波もいただきましたが、あれもよかった。結論、お湯割りは最高。焼酎:お湯=6:4がちょうどよくて好きですが、最近は元気がないので目感で5:5にしています。さつま揚げを単体で語ることができないように、焼酎も単体では語れない。とにかくお酒が好きで焼酎だけ飲むと言う人もいるのかもしれないけれど、地酒はまず地元のお料理と合うように作られているので、やっぱり一緒に楽しくいただくのが一番だと私は思うのです。

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伊佐美はラベルがとにかく可愛い。

ところで飲むときは一人か、母と妹と飲むか、あるいは地元の人間と飲むのが一番楽しい。遠慮したり介抱する心配があまり…否、ほぼないので。親戚みたいに会ってくれる地元の知り合いの人たちは、何杯飲んでも顔色も態度も変わらないか、飲んでもただ楽しくなるだけなので本当に安心して飲める。酒に愛されし母方の遺伝子を贈られた身体であることだけは、生まれて来てよかったと思えることの数少ない一つです。

二、お菓子

鹿児島銘菓・ボンタンアメは、生まれてまだ間もない頃、母方の祖母がよく送ってくれました。あのもちもちとした食感とオブラートのぺりぺりした膜がとても好きで、口に含む前にひし、と指でつまんで眺めた後、口の中でモチャモチャするのが楽しかった。オブラートを噛む時の音も面白いです。大正生まれの意匠のままほとんど変わらない包装も大好きで、中身をすべて食べおわった後も、折り紙のように折って小さな鞄の形を作ったりしていました。あれは確か手先が器用な祖母がまず空の箱で鞄を作って送ってくれたような気がする。そのあと母がそれを見て再現してくれていたのだったかな。鹿児島で生まれたあと2、3歳ごろまで東京に住んでいた私は、荷物の包みいっぱいに詰められたボンタンアメの箱にきらきらした気持ちになったものです。信じてもらえなくてもいいのだけど、明確な記憶のつながりはないものの、幼少期の断片的なイメージは意外にはっきりと残っている。

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鹿児島の実家にて。この箱を売店で見かけると帰って来たのだと安心する。

和菓子なら最近は餡子系。幼い頃から慣れ親しんだ鹿児島銘菓「軽羹」が近頃かなり好きです。大学在学中から地元に愛着が湧き始めていたのですが、昨年さらに地元愛がヒートアップしました。理由はよく分からないけれど、このご時世で地元に帰りたい時にすぐ帰れないことがあったりして、帰りたい欲が強まったのかもしれない。

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我が家は昔からずっと明石屋さん派です。京都の骨董屋さんで入手した小皿とともに。

あと、月寒あんぱんにも最近ハマりました。これは鹿児島のお菓子ではないのですが、元々、地元の老舗にして唯一の百貨店「山形屋」には一年に一度、北海道物産展が来ていたのでそこで手に入れるのが楽しみでした。それが、最近読み始めた北海道が舞台の漫画『ゴールデンカムイ』の影響でさらに好きになりました。その漫画の中で、月寒あんぱんは鹿児島県某所にて食べられる描写がなされます。

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月寒あんぱん。自分でお取り寄せしたのは何気に初めてだった。
シールは手帳に貼って保存している。

そういえば昨年の焼酎の後の〆はだいたい軽羹か月寒あんぱんでした。楽しかったな、仕事のあとの一人晩酌。『坂の上の雲』を観ながらよく飲んで〆てました。(あれは半分以上フィクションとして楽しむものですが、日本すごい!と素朴に思い込んでしまう危うさがあると個人的には思う。特に経済的・政治的に不安定な情勢が続く中では、何かすがれるものに飛びつきたくなる気持ちが出てくる。話が食べ物から脱線するけれど、いわゆる右派でも左派でもリベラルでも、自分がどのような状態に置かれていて、何にすがっているかをメタに認識しようと意識できない状態で何かを声高に主張するのはどうなんだろうと思う今日この頃です。もちろんこれは、自分を含めて。)

ちなみに普段はチョコレートがなければ生きてゆけないほどカカオが好きです。カフェイン中毒と慢性的なカルシウム不足から異様なほど食べる。コロナワクチン摂取後に気が狂ったかと思うほど食べたのは、お粥とアルフォートでした。あと、実家に帰ったらロイズの生チョコレートがあったので、あっという間に食べてしまいました。柔らかくて甘くて食べやすいものが好きだ。逆に、堅くてパサパサ、ガリガリしたものは全然興味がない。おせんべいとか。柿ピーとか。母と妹は好きなのに。でもポテチやじゃがりこならば、たまに食べます。この辺りの好みが本当によく分からない。じゃがいも系が好きなだけかもしれない。食の好みがもさっとして垢抜けないのですが、でもそれが好きなんだから仕方がない。

三、サッポロ黒ラベル

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居酒屋を選ぶ基準が、黒ラベルがあるかどうかになってしまった。

これも昨年からハマったものです。薩摩藩士・村橋久成が工場を東京ではなく北海道に作ることを提案して生まれた麦酒。確か2017年の大河ドラマ西郷どん』放送時に合わせて、村橋久成が印刷された鹿児島限定パッケージが売り出されていたような。

私はこれまで麦酒よりはチョコレートと合うワインや安心する香りでよく眠れる芋焼酎しか飲まない方だったのだけれど、ふとしたきっかけで黒ラベルを飲んでからというもの、飲むたびに地元・鹿児島の方角を向いて村橋久成に感謝するほどハマりました。ありがとう、村橋久成さん…。(そして北海道の大地。そこには明治期の開拓をめぐる支配・被支配という政治の歴史があり、本当は簡単に「ありがとう」などとは言えないのだと思います。支配者の子孫として私が考えたり伝えたりできる思考や言葉はなお模索中です。けれど、少なくともその地で生まれた麦酒を飲む時に出る言葉は、様々な考えを含めて「美味しい」「ありがとう」の言葉に尽きます。)

実を言うと、麦酒には、水っぽさがあったり、香水のような変な匂いのするものというイメージがあって(いつも実家に麦酒をお中元で送ってくれる方、ごめんなさい…)苦手だったのですが、このサッポロ黒ラベルはそうしたイメージを覆してくれるものでした。カラッとしていて、とうもろこしの匂いがふわっと香って、飲むだけで「夏」のイメージが思い浮かぶような味。汗をかいて作ったゴーヤチャンプルーと食べると止まりません。危険です。昨年の夏。リモートの仕事終わりにそのままプシュッと部屋で缶を開けて一気飲みするのが楽しかったなあ。当たり前だけれど、去年の夏は一度きりで戻らない。夏生まれの私は、夏が季節の中でいちばん好きなのかもしれない。暑いのは嫌いだけれど、夏は好き。麦酒は「夏」のお酒だと個人的には思っている。

 

食について書いてみたけれど、そうするとその食を味わうのにぴったりな季節や環境に話が膨らみ、そして食とともに作られた記憶やささやかな思い出がよみがえる。

あの楽しかったひと時は、二度とは戻らない。人生は不可逆的で一度きりだ。戻りたい時間に戻れないことはとても悲しいけれど、過ぎ去ってゆく時の中で、少しでも食を通して楽しい時間をまた作れたらいい。

 

続いてゆくことが苦しい

人生というのはたとえなにかを成し遂げても続いていってしまう。たとえば卒論で評価をもらっても、博士論文が提出できたとしても、好きなもので部屋をいっぱいに満たしても、明日というものは何度でも容赦なくやってきては幸せの絶頂というものを押し流してゆく。

持続すること。それゆえに私は人生が続いてゆくことに耐えがたさを感じる。最高の瞬間に達したと思ったそのときに、すべてを幸せなまま結晶化し永久保存するため、自分の手で自分の生を終わらせられないだろうか。

不幸の源泉とは、人生が続いてゆき、毎日訪れる変化を否が応でも受け入れさせられるこの状況そのものだ。変化を受け入れられない考えこそが不幸だという考えもあるのだろうが、私が望んでいることはそもそも変化ではない。不変だ。時間は、有機物である私の肉体を日々腐らせてゆく。書いたものもなし得たことも、古びて意味のないものとなる。大切な存在もたくさん見送ることを時間は強いる。何も悪いことをしていないにも関わらず。

持続が自分にとってさらなる楽しみをもたらしてくれないとは限らないが、それでも私はこれ以上なにかが変わることが受け入れられない。柔軟に変化を受け入てゆき、自らもまた変化を楽しむ若さのようなものを、私は持っていない。受け入れられないにもかかわらず、無理矢理に受け入れさせられてゆくこと。生きること、生きて様々なものを得て失うこと。拷問だと思う。さらなる楽しみはいらない。だから、いままであったささやかな幸せを返してほしい。そのまま永久にとどめてほしい。

誰か時間をとめてください。これ以上、生きる苦しみに耐えたくない。眠り続けて気づいたら、人生が終わっていたらいいのに。

 

びろうどの部屋について:生まれてきたくなかったこととの付き合い方

生まれてきたくなかった。胎内にいた頃のままでいたかった。こうした欲望とのつきあい方について。

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最近は反出生主義の議論も盛んで、ご多分にもれず私もシオランなどに癒しを求めるタイプの一人ですが、生まれてきてしまいながらもまだ何も知らない子供あるいは胎児の状態のときのすべてを満たされた状態を再現すべく、日常生活のさまざまなところで努めているようなところがあります。

1部屋の模様替えをする

たとえば、私の部屋は血のように赤い天鵞絨のカーテンとソファ、絨毯を敷きつめてアンティークやヴィンテージの家具を並べた部屋です。

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映画『叫びとささやき』の美術を意識したわけではありませんが、大学院での生活がうまくいかなくなりはじめたころからインテリアへのこだわりが異様に加速して結果的にこのようになりました。

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ちなみに、クオリティに大きな差はありますが、憧れの鎌倉は澁澤龍彦邸書斎や客間の雰囲気をほんの少しだけ意識しています。澁澤によれば「胎内回帰願望は、無意識の死の願望とつながっている」とのことですが、天鵞絨を敷きつめた部屋は音や衝撃を吸収してくれるのでたいへん静かで、動きや不安定さを感じにくく居心地がよいものです。涅槃 ニルヴァーナとは死んだ後の静止した状態にほかなりませんが、その部屋で過ごすときにはまさにそうした状態に近いのかなと思いを巡らせたりします。長い時間の経過のあと、静謐に佇む机や椅子や照明などのアンティークの家具も、そうした雰囲気を作っているのかもしれません。

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血のように赤く柔らかな布の襞の重なる部屋で、まるで子宮内膜のうえでまどろむ胎児のように落ち着く時間は、この世に存在する苦しみを少しだけ和らげ癒やしてくれるように思います。

 

2 衣服という想像的な皮膜を纏う

それから、ふたつ目の例として、私はどんなに暑い日でも肌ざわりのなめらかな厚手のタイツを脚に纏っています。起きているときも眠っているときもつねに履いていなければ不安なのです。寒いからとか地面に落ちた埃などで脚が汚れるのが嫌だという理由もあるのですが、それ以上に、脚が被膜に覆われており世界に対して曝されていないこと、適度に圧迫されていることをなかば強迫的にもとめる気持によるもので、これは2歳~3歳くらいの頃から今にいたるまでずっと続いています。

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私だけではなく、夜眠るときにタイツやストッキングのような被膜で脚を覆うことで眠れるという知人の意見もちらほら聞いたりします。

あくまで個人的な考えですが、私のような理由でタイツが手放せない人の象徴的な身体イメージというのは、以下のような欲望を抱えた状態であるような気がしています。たとえば脚とタイツをファルスとヴァギナの象徴としてとらえたとき、被膜としてのヴァギナがちょうどファルスを包み込む関係になります。フロイトによる精神分裂病の症例観察のうちにも、靴下を強迫的に脱ぎ履きするというものがありますが、脚を覆うタイツがどうしても必要というのは、母親の求める代理物としてのファルス(=子供)として生まれでてくることを拒絶し、ずっと母親と胎内で結びついていたいという欲望があるのではないか。私はプロの精神分析家ではないのでこの解釈が正しいのかはわかりませんが、あくまで自分という症例に関してはこの微妙な解釈に納得しています。

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「夜とは、人間を孤独にする時間である。黒ビロードのような親しい闇につつまれて、夜、人間の夢想の翼は羽ばたき、思索の糸はつむぎ出される。」これも澁澤龍彦の言葉ですが、胎内での環境にも似た闇としてのタイツにつつまれるとき、人は穏やかな気分になり、夢の世界へ足を進めてゆけるのではないでしょうか。ちなみに私はずっと黒タイツです。

 

なんだかはじめから変態めいたブログになってしまいましたが、びろうどの部屋という名前は、こうした自分特有のこだわりだとか、それに伴う出来事についてゆるく書いてゆけたらと思って名付けたことをここに記しておこうと思います。