続いてゆくことが苦しい

人生というのはたとえなにかを成し遂げても続いていってしまう。たとえば卒論で評価をもらっても、博士論文が提出できたとしても、好きなもので部屋をいっぱいに満たしても、明日というものは何度でも容赦なくやってきては幸せの絶頂というものを押し流してゆく。

持続すること。それゆえに私は人生が続いてゆくことに耐えがたさを感じる。最高の瞬間に達したと思ったそのときに、すべてを幸せなまま結晶化し永久保存するため、自分の手で自分の生を終わらせられないだろうか。

不幸の源泉とは、人生が続いてゆき、毎日訪れる変化を否が応でも受け入れさせられるこの状況そのものだ。変化を受け入れられない考えこそが不幸だという考えもあるのだろうが、私が望んでいることはそもそも変化ではない。不変だ。時間は、有機物である私の肉体を日々腐らせてゆく。書いたものもなし得たことも、古びて意味のないものとなる。大切な存在もたくさん見送ることを時間は強いる。何も悪いことをしていないにも関わらず。

持続が自分にとってさらなる楽しみをもたらしてくれないとは限らないが、それでも私はこれ以上なにかが変わることが受け入れられない。柔軟に変化を受け入てゆき、自らもまた変化を楽しむ若さのようなものを、私は持っていない。受け入れられないにもかかわらず、無理矢理に受け入れさせられてゆくこと。生きること、生きて様々なものを得て失うこと。拷問だと思う。さらなる楽しみはいらない。だから、いままであったささやかな幸せを返してほしい。そのまま永久にとどめてほしい。

誰か時間をとめてください。これ以上、生きる苦しみに耐えたくない。眠り続けて気づいたら、人生が終わっていたらいいのに。